実録
ライターの生活

晴れない疑惑 

部屋にこもって仕事をしていれば、気分転換したくなることぐらいある。
それじゃなくても、昼夜を問わない生活をしているのだ。たまには人間に戻りたいではないか。いや、格好つけてもはじまるまい。
要は、ネタに詰まってイラついてきたので、気晴らしがしたいのだ。

言葉を操るライターとて、広辞苑を暗記できるわけはなく(学者だって無理だわな)、書きたい内容にピッタリくる一文が脳みその奥に埋もれて出てこないことだってある。往々にしてある。常にと言っても過言ではない。
腕組みしたりタバコをプカプカふかして、しばし考えてみる。
が、出ないときは出ない。まったく出ない。
こうなると、便秘よりもタチが悪い。
「書く」という作業は孤独なものだ。誰も代わっちゃくれない。たとえ同じネタ、同じテーマでも別の人が書けば、別の原稿になる。「北湯口ゆかり」の原稿は、「北湯口ゆかり」にしか書けないのだ。誰かに代わりに書いてもらって「誰が書いても変わらないからいいや」なんてことになったら、ワタシの存在意義がないわいな。

ってなプライドで話を逸らしてみても、やはりネタは浮かばない。
かくなるうえは、いったん頭を休めよう。
ダンナとおしゃべりでもするかと隣の部屋をのぞけば、ヤツもデバッグ(プログラムをテストしながら不具合を手直しすること)で煮詰まってる。所詮は似たもの夫婦である。
ちょうとお腹も空いてきた。はなから昼食を作る気などないし、2人で近所のラーメン屋にでも行くことにしようと家を出る。

そんなとき、近所の知り合いにばったり会うのである。
どうも、ワタシら夫婦は近所の人に不信がられている節がある。
聞かれれば「夫婦して、自宅でシゴトしてるんです」と答えもするが、それを知らない人にしてみれば日中はこもりきりだったり、逆に昼日中に寝ぼけ眼でうろついている夫婦など「かなりアヤシイやつら」と勘ぐられてもいたしかたない。…と分かっていても、それを伝える術がない。
「ワタシはアヤシイやつではありません」と誰かれかまわず触れ回るほど、怪しいことはないではないか。せめて、挨拶ぐらいは平穏にクリアしておくか。
こうして、おざなりの世間話が始まる。

「こんにちは」
「あら、おそろいでお出かけ? いいわねぇ」

いいわねぇ、と口にするが、やはりその目は冷たい。うさん臭さを嗅ぎ付けたことを隠さない、無遠慮な視線がやってくる。まぁ、ダンナがいればワタシへの視線は半分ほどで済むが。オトウチャン、防波堤をありがとう。

「今日、坊ちゃんは?」
「今は保育園に行ってるんですよ」

ここでまた、相手の眉が曇るのだ。口には出さないが、明らかに不満気。
『平日に夫婦で出歩けるなら、子供の面倒ぐらいみられるんじゃないの?』、と物語るように。

「そうなの。じゃあ、おかあさんも楽できていいわね」

やはり、想像どおりのセリフが返ってきた。
これがまた、返答に困るセリフなのだ。
子育てって意味じゃ楽してるかもしれんが、日常生活は楽じゃねーもん。
今出歩いてる分を取り戻すには、夜中の睡眠時間を削るんだよ。どっかで帳尻合わせなきゃ、仕事終わらないじゃん。寝てる間に小人さんが原稿かいてくれる訳じゃあるまいし。9時〜5時できっちり仕事片づけられるほど、あたしゃ器用な頭してないんだよ。威張ることじゃないが。

…ってなことを説明したとて、立ち話が長くなるだけ。第一、どこから説明すりゃいいんだ。いかん、キレそうだ。こりゃ、そうそうに退散したほうが身のためだ。腹も減ったし。
かくして、ワタシら夫婦への疑惑は、一向に晴れないままである。こうなりゃ、常に自分の本でも持ち歩くか。それもアホらしい。せめて、ここで声を大にしておこう。

あたしだって仕事してんだよ! 以上。


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