実録
ライターの生活

売り込みの葛藤 

「境セイキ」さんという人からホームページを見た、とメールをもらった。
ところがメールを開いてみると、その内容はホームページを見た感想というより、自分の本の紹介が大半を占めていたのだ。
「なんだ売り込みかぁ」と少々ガッカリしたのは事実だが、メールに込められていた「どうか本を読んで欲しい」という必死な思いだけは伝わってきた。

ライターにとって、執筆の原動力は「書きたい」という気持ちではあるが、実際には書いただけでは満足できないものだ。

書いたものは世に出したい。その存在を知って欲しい。
もっと多くの人に読んでもらいたい。どう思ったか反応が知りたい。
そんな欲望が膨れ上がる。

もちろん、本が売れて有名になりたいとか、儲けたいという身も蓋もない気持ちもある。それをメシのタネにしている以上、キレイ事だけでは済まない。
かつて、ライター仲間の一人がこう言った。
本が売れるためなら、なりふり構わない。
買ってやるから靴をなめろと言われたら、喜んでなめる、と。

境さんは、ニューヨークで6年間ホームレスをしていたという壮絶な半生を「ニューヨーク底辺物語」という本にまとめた。いまもニューヨークで住んでいるという。
売り込むアテがないので、「本」というキーワードで私のページを探し出し、一か八かでメールをくれたそうだ。畑の違うジャンルで仕事をしている相手なのだから、無下にされるほうが可能性は大きいのに。

ともかく自分の本を売りたいと思えば、それもこれもアリだと思う。
まずは、存在を知ってもらわないと始まらない。営業は必要だ。
そのために、思いつく手はなんでも試すという、彼らの覚悟や勇気には敬服する。私には、できそうにないから。
靴をなめたり、知らない人にメールを出すのがイヤなのではなくて、自分の本を売り込むことにテレがあるのだ。同時に、どこか意地もある。
今までに何度も本を書いているが、親しい人たちには、あまり触れ回ることはなかった。身内には「出たよ」と報告を兼ねて手持ちの見本誌を持参していた。

言えば買ってくれることはわかっている。
それが、売上につながることもわかっている。
けれど、買わせることに抵抗があるのだ。

だって相手はパソコンを持っていないから。
私の書いたソフトを使っていないから。
彼らにとって、確実に「必要のない」本なのだ。
オナサケとかご祝儀の気持ちで買ってくれるのだろう。

売上に協力してくれる気持ちは、とても嬉しい。
自発的にかけてもらった情けはありがたく受け取りたいが、情けをかけろと人に迫るのは気が引ける。お情けにすがった結果、本屋からその人の本棚へと移動しただけで、中身を読まれない本が不憫になるのだ。

だから、本を買ってもらっただけでは、心の底からは喜べない。
そんなひねくれた気持ちが売り込みを躊躇させる。

使ってもらいたくて、役に立ちたくて書いた本だから。
私の本を必要としてくれる人のところに届いて欲しい。

保険のオバちゃん時代に、どんなにノルマがきつくても身内にだけは契約のお願いに行かなかったという実家の母の気質が、私にも受け継がれているようだ。


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その3
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