泣く子と
〆切にゃ勝てぬ

言葉の魔力


ばーちゃんことダンナの母上は、お嬢さま育ちだ。

彼女のお祖父さんが関西で名の知れた人だったこともあり、幼少の頃は、ずいぶんと羽振りのいい生活をしていたらしい。戦争でほとんどの財産は手放してしまったけれど、三つ子の魂は健在で、おっとりとした品の良さは失われていない。
どこか世間ズレしまくった言動も、それ故と思えば納得である。
それに対して、ヨメである私はかなり柄が悪い。
美しい日本語からは程遠く、無意識にオトコ言葉もぽんぽん飛び出す。
ムスコに対して「おいこら、早くメシ食っちゃえよ」
なんてセリフが、ごく日常の言葉遣いである。

そりゃワタクシとて、かつてのOL時代には秘書検定の勉強なんぞもいたしましたし。
美しい日本語とやらも、それなりに存じておりますわ。
仕事では丁寧語、さらに敬語や謙譲語の使い分けも心がけているんですのよ。

…あぁ、背中がかゆい。

威勢のよい肝っ玉かーちゃん気質の自分としては、「ごきげんよう」の世界は、どうも肌に合わない。当然ながら、日常会話に取り入れる気など、さらさらない。
こんなヨメと姑の会話は、ご想像通り、よくチグハグになった。しかし、とりたてて注意されはしないのをいいことに、私は私の口調を貫き通していたのだ。

そんなある日。
ばーちゃんの家を訪ねると、ちょうど、誰かと電話で会話の真っ最中だった。相手はどうやら、どこぞの社長夫人だとかいう、学生時代の友人らしい。しゃーない、終わるまで待つかと、その場にたたずんでいたら、こんなセリフが飛び込んできたのだ。

「すっかりご無沙汰ばかりで。今度一緒に、ごはんでも 食いに 行きましょうよ」

…は?

思わず振り返ってしまったが、当のばーちゃんは自分のセリフの異様さを自覚することもなく話し続けている。びっくりして固まったであろう相手に向かって、
「あら、聞こえてる? もしもし?」 なんて問いかけているのだ。

そして、追い討ちをかけるように、電話の最後でばーちゃんはこう言い放った。

「本当お身体には気をつけてね。ん、じゃーねぇ」

ちょ、ちょっとー。そのフレーズは、もしや私の口癖じゃーあーりませんか?!

環境が人を変えていくのか、あまりに素直な性格の妙なのか。
日常的に私の口調を聞いているうちに、すっかり移ってしまったらしい。
「では、ごめんください」という、いつものお決まりのセリフを予想していたオクサマは、さぞ面食らったに違いない。お気の毒なことである。
それからというもの、ばーちゃんの日本語は、文字通り乱れまくっている。
おっとりした口調に、時折混じる「べらんめぇ」。
そこには、不思議の世界の扉が開いている。

耳慣れたセリフが、染み付いていたはずのお嬢様気質を凌駕してしまうとは。
言霊、恐るべし。いや、黒幕は私か。

そして、そんな自分の異変さえ、そのつど指摘されるまで気づかないほどの
ばーちゃんのオトボケぶりには、また別の意味で恐れ入るのだ。

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